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いちがや合気道クラブ

いちがや合気道クラブ投稿再開 令和2年1月22日の稽古

1年間ブランクが空いてしまいました。長い間投稿をお休みしていてすみませんでした。

再開します。失敗の研究というものがありますが、先人の教えで、武道でやってはいけないことがいくつかあります。分りやすい例でいえば、相手の実力を過小評価してはいけないという教えがあります。新型コロナ感染症で例えるならば、令和2年春、まだ情報があまりなかった時点で、このウイルスは人と人の濃厚接触がなければ感染しない、37.5度の発熱が4日以上なければ検査対象外などです。

その後、マイクロ飛沫感染があることや、発熱しない無症状患者のほうが割合が多いなど事実が判明しましたが、初動対応時にこのウイルスに対する過小評価を行ったため、初動のミスは現在でもどこか尾を引いているように見受けられます。気をつけたいものです。

さて、この日の稽古では杖に続き、大型スポーツボール(コナミボール直径55センチ)を膨らまして稽古の道具として使用しました。取り、大型ボールを両手で持つ。受け、正面打ち。取りは大型ボールで受けの正面打ちを一教表で抑えます。ボーンと正面打ちをボールで受けて、ボールを270度回転させながら大きく前進します。次に片手持ち転換です。ボールを両手で持って行います。相手の腕と格闘してはいけない、相手にとらわれてはいけないという師範の教えがあります。自分と相手の間に丸い玉(のイメージ)を作ってそれを回すという教えがあります。この大型ボールを使った練習で自分の気の持ちように明確な変化がありました。

正面を打ちに来る相手の手を一教で抑える。そうなのですが、師範は、一教という技を出すのではない、一教が生まれる、と説きます。正面を打ちに来る相手の手に自分の心が囚われてはいけないと言われても、打ってくる手にはどうしても身の危険を感じるのですから、気にしないと思っていても気になるわけです。心で気にしないと言い聞かせても、腕の細胞一つ一つにも心があって、どうしても気になる。ところが大型ボールを使った練習をすると、自分と相手という一対一の直接対峙の関係から、自分と大型ボールと相手という無対峙の関係に変化していきます。大型ボールという第三者のようなものが空間に存在すると、相手に執着しない心がどういうものか?という心の内面での気持ちの変化に自分自身で気づくことができた。という次第です。一種の気の練磨の修行となるわけです。以上

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